建部大社

神社

65. 建部大社(たけべたいしゃ) 〜滋賀県大津市〜

京都の旅、締め括りはちょっと県を跨いで滋賀県へ攻め入りました。
目的は建部大社

実はこの神社は初めてではなくて、4年前にも訪れていました。
ちょうど同じ季節に。
(その際の記事はコチラ→ 38. 建部大社(たけべたいしゃ) 〜滋賀県大津市神領〜)

ただ、その時は閉門後で中に入ることはできず懸命に神門の隙間から中の写真を撮ったのでした(笑)
今回は予定通り日中に訪れることができたので、タンマリ境内を堪能させていただきました。

御朱印はコチラ→ 御朱印 建部大社(たけべたいしゃ)

『建部大社(たけべたいしゃ)』

所在地  滋賀県大津市神領1丁目16-1
御祭神  日本武尊(やまとたけるのみこと)
     大己貴命(おおなむちのみこと)
社格   旧官幣大社
例祭日  4月15日
鳥居   明神鳥居
社殿様式 一間社流造

【由緒】
当社は古来、建部大社、建部大明神などと称え、延喜式内名神大社に列し、又近江国の一之宮として朝野の崇敬篤く、長い歴史と由緒を持つ全国屈指の古社です。 
御祭神、日本武尊は御年僅に16才にて熊襲を誅し、更に東夷を平定され、遂に32才にして伊勢の能褒野において崩御されましたが、父君景行天皇は尊の永逝をいたく歎かれ、御名代として建部を定め、その功名を伝えられました(日本書紀にしるされている)これが即ち建部の起源です。 
景行天皇の46年、神勅により御妃 布多遅比売命(ふたじひめのみこと)(父は近江安国造)が、御子稲依別王(いなよりわけのみこ)と共に住まわれていた神崎郡建部の郷(御名代の地)に尊の神霊を奉斎されたのが当社の草創であって、その後天武天皇白鳳4年(675年)、当時近江国府の所在地であった瀬田の地に迀祀し、近江一宮として崇め奉ったのが現在の当大社です。 
歴朝の御尊信篤く、武門武将の崇敬枚挙にいとまなく、とくに源頼朝が平家に捕われ、14才にして伊豆に流されるため、京都から関東に下向の折、永暦元年(1160年)3月20日当社に参篭して前途を祈願した事が平治物語に記されています。遂に頼朝は源氏再興の宿願成って、建久元年(1190年)11月右大将として上洛の際、再び社前で祈願成就の神慮に対し、幾多の神宝と神領を寄進して奉賽の誠を尽くされたのです。 
爾来当大社が出世開運、除災厄除、商売繁盛、縁結び、医薬醸造の神として広く崇敬される所以です。

【公式ホームページ】  建部大社 近江一之宮【公式サイト】

日本武尊の名前は聞いたことあるよ〜って方は多いと思いますが、人物像までは…という方のために少しウンチクを。

記紀(古事記・日本書紀)にも登場する日本武尊は第12代・景行(けいこう)天皇の次男(三男説もあり)として生まれ、倭建命や倭武尊などと表記されることもあります。
元の名前は小碓尊(おうすのみこと)。 
父の景行天皇の指示で兄を殺害し(受け取り違いがあったという説あり)、自分の息子の凶暴さを恐れた景行天皇は自らの命を案じまだ十代の少年だった日本武尊を自分の周りから遠退けるために熊襲征伐を命じます。
その後も休む間も無くアチコチ征伐を命じ、日本武尊は忠実に各地を平定していきますが、伊勢の倭姫(叔母にあたる)に会いに行った際に父の手荒な命令に「天皇は私に生きていて欲しくないんだ…」と訴え嘆き悲しみます。
そんな日本武尊を案じて倭姫は草薙剣(天叢雲剣)を与えました。
西国から東国、東北まで平定をした日本武尊が最後に赴いたのが伊吹山(滋賀県)の悪魔退治。
この戦で重傷を負い、現在の三重県鈴鹿市で生涯を終えました。(享年30歳とされています)
記紀のどちらも、亡くなった後に白い鳥(白鳥とも言われています)になって天に昇っていった、と伝えられています。
伊吹山の悪魔退治にはなぜかいつも持ち歩いていた草薙剣を置いて出かけました…神の御加護がなくなったため命を落とすことになったのでは?という憶測が頭をよぎります。

また草薙剣の元の名前は天叢雲剣であり三種の神器の1つで、名古屋の熱田神宮の御神体です。
日本武尊がこの剣で草を薙ぎ払ったことから草薙剣と呼ばれるようになりました。

また、「たける」(「武」または「建」)とは強いものを表す言葉から小碓尊は「日本武尊」という名前を授かりました。
故に戦い・勝負事の神として崇められているわけです。
日本が世界に誇った戦艦大和もこの日本武尊から名を取り、船の中には日本武尊をお祀りしていたそうです。

記紀において不思議なのは、代々の天皇がメインで書かれているのに、天皇にはなっていない日本武尊の物語が詳しく載っていることです。
日本の歴史においても重要な役割を担っているからでしょうか。
第14代・仲哀天皇は日本武尊の皇子でもあります。
日本史を語る上で外せない人物ということでしょうね。

毎度ながら前置きが長くなってしまい全然本題に入って行けません(笑)
でも前もってエピソードを知っておくとお楽しみが増えると思うので!(言い訳)

さて、京都市内から滋賀県大津市まで向かいますが、JR琵琶湖線に乗り石山駅で下車。
本来はそこから電車に乗り継いで唐橋前駅まで行きたかったんですが…電車の本数が少ない…
ので、待ってるより歩いた方がいいや!と思って歩き始めたんですが、これがまた結構距離がありました(笑)
天気もアホみたいに良かったので日焼け止めを塗ってもガッチリ日焼け。
全然日焼け止まってない。

石山駅から琵琶湖方面に向かい、琵琶湖にぶつかったら南に向かいます。
その先には、近江八景のひとつ、「瀬田の夕照」として有名な瀬田唐橋があります。
瀬田唐橋は琵琶湖の南方から流れる瀬田川にかかる橋です。

橋の全貌を写してなかった。(痛恨のミス)

擬宝珠(玉ねぎ部分)がまたいいですよね。

ちょうどこのあたりは私の父方の遠いご先祖様の地。
初めて訪れた時は謎に胸の奥からこみ上げてくるものがありました。(吐き気とかじゃないです)
DNAレベルで何か反応をしてるのか、私の後ろとかにいる誰かが反応したのか、とにかく不思議な感覚がありました。
いや、単純に「ご先祖様がいたところへ行ってみたい!」という想いがあったからテンションが上がってただけかも(笑)

俵藤太秀郷むかで退治伝説
瀬田唐橋から北方面の眺め

遠くに見える山並みは前回は比叡山と思ってたけど、今調べたら比良山かな?
この橋を渡って道なりに進んだ先に建部大社があります。

二股になったところで左側へ向かうと建部大社の参道です。

一の鳥居の手前に境内案内図とイラストの看板が。

日本武尊様ってキャラが立ってますよね〜!(笑)

社額は上品に緑と金のRolexカラー(笑)
よく見たらハートマークがある!

社額

参道が左に折れていて、その先に建部大社の姿が現れます。

御祭神である日本武尊についての物語がイラスト付きで紹介されれいます。

工夫されてるなぁと思うのが、かっこいいイラスト付きだと子供も見ますよね。
神社って何?お祀りされてる人は誰?どんな神様?みたいな部分って参拝する側も端折りがちですが、こうして紹介されているとつい読んでしまうし、その神様の人となりを知ると参拝する際の想いも深まる気がします。

また、こんな看板もありました。

ただでさえ面倒臭そうな年表を分かりやすく書いてくれて、更に魚と組み合わせる!(笑)
飽きさせない工夫と、琵琶湖の固有種を大切に守っていきたいねっていう想いも詰まっていて、好きです、こういうの。
これらを見ただけで、この神社サイドの親切心と建部大社愛がとても滲みでてる気がします。
有り難きかな。

神門
手水舎

龍がプール遊びしてるみたいで涼しげ。

屋根部分から風鈴が下がっているのが確認できると思うのですが、この風鈴は下の写真のものです。

授与所で初穂料を500円納めて、短冊に願い事などを書きます。
綺麗な風鈴でしょう?(^-^)
柄も何種類かあります。
今回はまだそんなに下がっていませんでしたが、前回来た時はもっと風鈴で埋めつくされていました。
1つでも綺麗な音色ですが、たくさんあるとまた音が折り重なって心地よい音楽になります。
これらの風鈴は、大津三大祭の1つである建部大社納涼船幸祭という8月中旬にあるお祭りで神職の方がご祈祷してくださいます。

私も500円をケチらないで風鈴吊るしてもらえばよかった…今になって思う。
自分の願い事はないけど。

にしても大きな提灯!

夜になると明かりが灯るのでしょうか?(^-^)
見てみたいな!

神門を潜ると正面に御神木の三本杉と拝殿が現れます。

拝殿
三本杉
拝殿

この三本杉は一夜にして大きくなったという伝説があります。

この日は境内で重機が何かの作業をしていました。
お祭りの前の修繕とかかな?

建部大社はちょっと作りが面白くて、拝殿の後ろの本殿でも参拝することができます。
先ほどの拝殿の写真を横から見るとこんな感じ。

奥にお社の屋根が2つ見えるのは本殿(左)と権殿(右)です。
わかりにくいかな?

本殿を囲むように摂社・末社が左右に4基ずつあって、日本武尊の父母と御妃、御子と遠征に付き添った家臣達をお祀りしています。

向かって左側4基

写真は奥から順に。

父・景行天皇
母・播磨稲日大郎姫
家臣たち
七掬脛命(食事係)

続いて右側。

こちらも奥から順に。

御妃・布多遅比売命
御子・建部稲依別命
家臣
家臣たち

上記の他にも境内社があります。

大野神社
武富稲荷神社
八柱神社

結構あちこちの神社へは行っていますが、この境内の敷地サイズにしては摂社・末社が多いなと感じます。
境内も庭園のように綺麗にされていて池には鯉も泳いでいたり、とても素敵な空間になっています。

景行天皇のお社の奥に「願い石」と「福石」がありました。

重要文化財の石灯籠もあります。

鎌倉時代のもの。
石の朽ち方が悠久の時を醸し出しています。

桧山神社遥拝所
絵馬所
神馬舎

あ、中の白馬はお人形です。

境内に宝物殿があって、宝物は写したのですが宝物殿全体を写し忘れました。(謝罪)
宝物殿の中に不思議な形の木があるんですが、これは彌栄の御神木というもので、有り難い御神木の松の根だそうです。
木の幹じゃなくて根っこの方。

幾百年と書かれてますが、かなり御長寿な松だったんだと思います。
恐らくですが、根の部分を逆さまに置いてるのかな?

宝物殿の狛犬さん達。
相当年季が入ってそう!
寄与の日付を確認しませんでした…
でも相当古いです!間違いない!

さざれ石

国歌の詞にも出てくるさざれ石
さざれ石が置かれている神社は結構ありますが、小さな石も寄り固まれば大きくなるという繁栄の象徴であります。
今一度、国歌の詞を見ていただきたい。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の巌となりて 苔のむすまで

「天皇(神の血脈)の世が 千年も幾千年も さざれ石のように皆が集い強固な礎となるように 苔が生じるほど長い年月をかけて永遠に続きますように」

現代語訳は諸説ありますがだいたいこんな感じの意味です。
どうですか!?
とても美しい歌じゃないでしょうか?
意外と知られてないんですが、他国の国歌の殆どは戦争とか勝利とか血生臭いことを歌ってるんですが、そんな中、日本だけはただこれだけの文字を用いて、繁栄と平和を願ってるんです。

それを知ると、ちょっと日本ええやん!なりませんか?
ビバ!ジャポーネ!!

菊花石

こちらは菊の花模様の菊花石(きっかせき)ですが、これもまた不思議。
自然とこういう模様が浮き出るんだそうです。
菊の花といえば天皇家の御紋、十六八重菊の菊花紋章。
とても縁起の良い石ですね。

境内には「建部の御神水」という御神水があります。
源頼朝公が建部大社を信仰していたことから、またの名を「頼朝公の出世水」。
もちろん飲用可なのでその場で喉の渇きを潤してもいいですし、容器などに入れて持ち帰りもOKです。

さっきまで水を汲んでいたおじさんがペットボトルを置いたままどこかへ行ってしまいました。
この後、主(おじさん)は戻ったのだろうか…
一人寂しそうなペットボトル…

その横には「水琴窟(すいきんくつ)」

水琴窟は、昔の人は本当に感性が豊かでオシャレだったなぁと思うものの1つ。
日本庭園ではちょいちょい見かけることがありますが、水琴窟とは、地中に作った空洞に水滴を落とし、その際に発せられる音を反響させる日本の伝統の音響装置のことです。
しかし莫大な費用がかかるため、現代において、こうして地上に設置できるものが開発されたそうです。
「重蔵窯(じゅうぞうがま)」という石碑が写真に写ってますが、この装置を開発した企業さんのお名前っぽいです。

【公式ホームページ】 重蔵窯 TOP

↑プレゼン力高くて興味が湧いて色々見てしまいました(笑)

水の滴り落ちる疎らな音を愉しむ、行間を読むようなそんな感性は今はなかなかないなぁと感じます。
とても心地の良い音でずっと聴いていたくなります。
…ていうか、家に欲しい(笑)

その横には水みくじ。

こちらの水盤も重蔵窯さんのものですかね。

信楽焼(しがらきやき)という伝統工芸で、滋賀県甲賀市信楽を中心に作られる陶器で、日本六古窯のひとつに数えられる焼き物だそうです。
ちょっと老舗っぽい居酒屋などにある狸の置物は大抵この信楽焼だそうです。(予備知識)

ふむ…自分土産に信楽焼屋さんで何か仕入れてくればよかった…

更にその横にはこんな御神籤も!

釣竿で鯛の釣るタイプの御神籤のようです。
遊び心がありますね。

こんな千円札があったなんて建部大社へ来るまで知りませんでしたが、昭和20年の最高額紙幣は一万円札でも五千円札でもなく千円札だったんですね。
そのうち十万円札とかできるのかな…

建部大社へ向かう途中に鰻屋さんが美味しそうな香ばしい香りで私を誘惑してきてたのですが、その鰻も琵琶湖の水に育まれた恵ですよね〜。
恵をいただき感謝をする、そういう心が日本人には昔から備わってきました。
「いただきます」「ごちそうさまでした」は日本にしかない大切な言葉ですよね。
そういう言葉のその意味を、今を生きる人達にも深く知って欲しいなと願います。(偉そうか)

拝殿から神門の風景
授与所
神門から参道の風景

以上で京都・滋賀の旅は終わりです。
3泊4日でしたがあっという間。
だけどとっても楽しめました!\(^o^)/
関西は歴史が深く、見所たくさんなので何度来ても飽きません。
次回の関西は修学旅行以来訪れていない奈良を攻めるつもりです!

因みに次の紀行はいよいよ伊勢神宮編!!



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