菊水神社

北海道

82. 菊水神社(きくすいじんじゃ) 〜北海道札幌市〜



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今回は、数回前にご紹介した本陣狸大明神とも関係のある神社のご紹介です。
「関係がある」と言っても神社同士の直接の関係ではなく、時代背景を追っていくと共通点が見つかる、という神社であります。

札幌市のディープな部分の面影が残る街並みの中に、菊水神社はありました。

菊水神社

『菊水神社(きくすいじんじゃ)』

所在地  北海道札幌市白石区菊水5条2丁目1
御祭神  宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)
     太田之神(おおたのかみ)
     御子之神(みこのかみ)
     広瀬之命(ひろせのかみ)
     大宮売之命(おおみやのめのみこと=大宮能売大神)
社格   なし
例祭日  9月第1土曜日または日曜日
鳥居   なし
社殿様式 流造

【由緒】
1920年(大正9年)に薄野(すすきの)地区にあった遊郭が、札幌区白石町に移転する際に、遊郭にあった社殿も一緒に移転し、白石稲荷神社となる。
1958年(昭和33年)、売春防止法完全施行により遊郭が姿を消したのち、1970年(昭和45年)には白石稲荷神社のご神体を返還、北海道神宮から伊勢の外宮の四柱を勧請し社名を菊水神社に改名した。

菊水神社は地下鉄東西線「菊水」駅から徒歩で10分もかからないところにある、菊水公園の一角に佇んでいます。

見えてきました!
(ほら!あの木陰に!)

「菊水公園」と書かれていますが、元は「青葉公園」という名前でした。
その証拠に、隣にある保育園は現在も「青葉保育園」というになっています。
なぜ公園の名前を変えたんでしょうね?

あの赤い屋根の小さいのが菊水神社です。

や、小さい…と思ったけど…

近くまで来るとそこそこのサイズ感!

屋根がどっしりとした流造になっていて、しっかりと神社の建築様式を用いられています。

お社の下の部分は最近新しくしたようで、白さが残るコンクリート製になっています。
この後ろ側にはシャッターがあって、中に何かを入れられる作りになっています。
恐らく、例祭で使うものなどが入ってるんだと思います。

で、気になったのが階段の両端にある石柱。

作られた年代は彫られておらず、左には「〜月献之」「高橋アサ」、右には「〜水道調査員一同」「今津満太郎」と彫られています。
文字の上の部分が切れているんですよね…

どうやらこれは、元はこれ以上の高さがあった、ということを表していて、何らかの理由で上部を削られた、と推測できます。

ミステリー!
なぜ上部を削る必要があったのか?

思うに、これは元々は注連柱(しめばしら。「標柱」とも書くことがある)だったんではないかな?と思います。

注連柱とは鳥居の原型とされるもので、左右の柱の上部を紙垂(しで)が付いた細い注連縄で繋ぐものです。
鳥居と同じように、「この先は聖域ですよ」というのを示すものです。

私が想像するに、
①この石柱は元あった場所からここへ運ぶ時に、長すぎて荷台に乗らなかったので切って短くした
②何かの事故で片方の注連柱が中途半端なとこで折れてしまい、それに合わせるため、もう片方の注連柱も短くした

の、どちらかの理由でこうなったのかと想像します。

また、左の「〜月献之」は例えば「望月献之(けんし)」とか「葉月献之」とかの人名と推測、右の「〜水道調査員一同」は下水道なのか上水道なのか、とにかく公務員感が否めない名目で、それぞれこの石柱を奉納した人、団体なのがわかります。

注連柱というのは、よくわかんない漢字とか言葉を上からズラズラ〜と書かれているものが多く、その文字の下に奉納した者の名前を彫ったりもするので、もしかしたらとても背の高い注連柱だったかもしれません。

また、この丸い石柱にくっついてる「高橋アサ」さんと「今津満太郎」さんですが、この細い柱は別のところにあったものだと思われます。

よ〜く見るとセメントみたいなものでくっつけたような形跡があり、下側についてる角石がなかなか不自然で石柱にマッチしていません。
「高橋アサ」さんと「今津満太郎」さんが離れないように後付けされたものに思えます。
このお二方が何を奉納したのかも気になりますねぇ…

石の状態からして結構年季が入った感じがわかります。
どれぐらい前なのか…

で、ここで今回のウンチクを語りたいと思うんですが(もう十分に語りましたがまだあります!)、まずは下の写真をご覧ください。

ちょっと看板が汚れていますが…

要約すると、

明治初期から薄野(ススキノ)にあった札幌遊郭(通称:薄野遊郭)を、別の場所へ移転する計画が持ち上がり、白石村(現在の白石区)の害虫に参ってしまっていた林檎農園を営む人たちが、土地を札幌区(現在の札幌市)に寄付をした。
大正9年(1920年)には移転を終えて一般に「白石遊郭」と呼ばれるようになった。
小川を挟み、左右に30件ほどの妓遊(ぎゆう=公娼)が並び、両端に大きな門があることから「大門通(だいもんどおり)」と呼ばれるようになった。(現在は小川はありませんが、この公園の前の通りは今でも「大門通」という名称です)
昭和26年(1951年)の札幌市の風俗取締条例の制定、昭和33年(1958年)の売春防止法完全施行で白石遊郭は廃れ、姿を消した。

ということです。

まず、この明治初期に現在のススキノにあった薄野遊郭ですが、この遊郭の前身が、幾つか前の記事本陣狸大明神で書いた白首屋(ごけや。首まで白粉を塗った娼婦がいるところ)です。
この娼婦たちがススキノの外れに追いやられ、そこで”薄野遊郭”ができあがりました。

そして大正9年までに完全移転を余儀なくされるわけですが、実はこれは、大正7年(1918年)に、北海道開拓50周年を記念して開催された開道五十年記念北海道博覧会の会場となる現在の中島公園付近に遊郭があるのはちょっと良くないんじゃない?ということで、移転を命ぜられたわけです。

つまり、また”追いやられた”ということですね。

これね、狸小路からススキノへ追いやられた時も、ススキノからこの場所へ追いやられた時も、賑わう地域からそんなに離れた場所に追いやられていないんですよね…

ここがポイントなんですが、本当に邪魔ならば遠ーーーーーーーいとこに追いやればいいのに、ちょっと歩けば行けるよね〜ぐらいの場所にあるというのは、表では「遊郭とか良くないよね」と言いながら、裏で公人から一般人までが通い詰めていた、とみて間違いないことだと思います。

今のコロナ禍においてもそうですが、世間というものは、どこかや誰かに悪を押し付けたり、はたまたあらぬ事を言いふらし貶めたり悪者に仕立て上げたりして、自分だけは表で綺麗に過ごしてたい、という人や団体が多いですよね。
そういうのを見聞きするとウンザリします…

公では「汚い!必要ない!」って言いながら耳元で「あれは方便で、本当は必要なんだよ…」って囁く…
まぁ、いつの世もそんなもんかなぁ…
(まぁ、確かに遊郭とか娼婦って言うと良いイメージにはならないし、歓楽街ってだけで訝しげに感じる人も多いしなぁ…)

話がそれましたが、この菊水地区は所謂ヤ○ザさんが多かったのは遊郭があった名残でもあります。

また、この白石遊郭は赤線(あかせん)とも呼ばれていました。

赤線とは、戦後介入したGHQによる公娼廃止指令(1946年)から、売春防止法の施行(1958年)までの間になんとな〜く公認で売春が行われていた地域のことです。 赤線区域、赤線地帯など言うこともあります。

菊水地区の話をすると「あ〜赤線だったからね、あそこ」って言う方がいますが、赤線だったのは12年間程度の話でしかなく何かの受け売り感があって(失礼)、「ああ、あそこ遊郭あったもんね」て言う方が本物の歴史人ですかね!(笑)

で!
薄野から遊郭が移転する際に、この神社が一緒にここへ遷座されたのです!(これを一番伝えたかった)

そして!
最初に戻りますが、注連柱だったぽい石柱は、元あった場所から神様の御魂をこちらへ移動する際に一緒に持ってきたんだろうなぁ〜と言う憶測ができます。

本殿

こちらへ遷座する前にあった場所は、現在の札幌市中央区南5条西8丁目。
大正9年(1920年)に遷座したので、ちょうど今から100年前になります。
御祭神の通り、元は稲荷神社でした。
こちらへ来たばかりの頃は「白石稲荷神社」とされていましたが、後に「菊水稲荷神社」へと改名。
更に稲荷神社の神様を返還して、海道神宮から伊勢の外宮の四柱を勧請し社名を現在の「菊水神社」に改名…

なぜ稲荷神を返還されたのかな…
気になるところですが、情報がなかなかない(>_<)

現在、札幌市中央区南5条西8丁目には稲荷神社があった形跡は見つからないのですが、別の神社がもう一社建っています。

お賽銭はここから入れてね

お社は建立されてからそれなりに時間は経っていそうですが、100年まで経っていないような気もします。
一度ぐらいは新しくしたのでしょうか?

稲荷神社のシンボルでもある宝珠の彫り物が施されています。

こちらにも宝珠。
社名が「菊水神社」に変わる前の歴史が滲み出ていますね。

また、菊水神社には狛犬さんがいませんが、その代わりかな?と思えるのが下の写真。

狛犬と思われる彫り物が施されていました。
ちゃんと左右に。

しっかり両サイドから見張られてます。
悪いことはしないでね〜!

公園の片隅にある本当にこじんまりとした神社ですが、造りもしっかりしているし、彫刻も細部まで拘っているのがとても印象的でした。
小さいながらも立派!

上の写真は、お社の側面ですが、鷺かな?
写りが悪くてすみません。

菊水という地域は札幌の陰と陽の”陰”を担ってきた地域ではありますが、現在は遊郭の面影を残すのはこの神社のみかもしれません。

昔はお盆にはこの公園に大きな和太鼓がやってきて、地域の人が集まって盆踊りを楽しみ、現在は菊水源流太鼓(きくすいげんりゅうたいこ)という、子供も入り混じる和太鼓演奏をする団体が例大祭の時に演奏をしてくれているそうです。(来年は聴きに行きたいなぁ〜)

お社からの眺め…いや眼下

今も昔も、ここの神様は人々の悩みを聞き慰め、子供達が無邪気に遊ぶ姿を微笑ましく眺め、街の人々の心の拠り所としてずーーーっと見守ってきたんだなぁ(*´꒳`*)

お社から公園の眺め

小さな神社でも紐解いてみればこんなにたくさんの背景を持って、歴史を今に伝えているんですね。

大きくて有名な神社もやっぱり素敵なんだけど、いつも近くで見守ってくれてる神社の神様に少しでも心を寄せてくれる方いると良いな…といつも思っています(*´ω`*)

そして本当にたまたまなんですが、菊水神社の後に、菊水神社が元あった場所である札幌市中央区南5条西8丁目のもう一つの神社へ行ってきましたので、次回の記事でご紹介します!



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