神社・仏閣ランキング
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前回からの続きです。
(前回の記事はこちら↓)
参道をひた歩き、二の鳥居に到着しました。
ここまで来るとやっと「大神神社へ来た!」という実感が湧いてきます。
鳥居の向こうの参道は、両脇に木が茂り、一気にそれまでとは違う雰囲気に。
少しひんやりした空気と、植物と土の良い香りが夏の暑さを忘れさせます。(確か35℃ぐらいあったかな)
御手洗橋から更に先へ進むと、末社の祓戸神社が左手に現れます。
祓戸神社の御祭神は、大祓詞に唯一、名が出てくる瀬織津姫、速秋津姫、気吹戸主神、速佐須良姫の四柱。
この四柱がどのように罪穢れを祓ってくれるのかというと、
まずは人の罪穢れを、瀬織津姫が大小の山々から流れ出た川の水に乗せて大海原へ持ち出し、速秋津姫がそれを飲み込み海の底へ、そしてそれを受け取った気吹戸主神が気吹戸(罪や穢を払う出入り口)へ吹き放ち、その放たれたものを速佐須良姫がどこかへ持ちさすらって消し去ってくれる。
という連携プレー。
結構神々に手間をかけさせてますなー。
神々には、人の罪穢れは”おまとめ梱包”とかしてもらって少しでもお仕事を楽にこなしていただけたらと思いますね。
8個口を1個口にしたりして…
人は人で、神々に手間をかけさせないように、罪や穢れの排出量を減らす努力をしないといけませんね。
神々も色々やることがあって忙しいからね!(笑)
私も毎朝神棚に向かい大祓詞を奏上していますが、上記の部分は大祓詞の中で一番好きな箇所です。
気持ち的にスッとするから。(表現がファジー)
こんな風に、参道脇に湧水が流れていたりして、水の音にも癒されます(*´꒳`*)
こちらは夫婦岩。
たまご置いてある…
かわいい…
二つの岩が仲良く寄り添っていることから夫婦岩と呼ばれています。
大神神社の主祭神である大物主神と嫁の活玉依姫の物語に出てくる古蹟として、縁結びや夫婦円満の磐座として今も信仰されていますよ、と。
手水舎までやってきました。
この屋根の苔生した感じが堪らないですね〜(=´∀`)
歴史のある神社を訪れると、苔好きがウハウハする場所がたくさんあってアガります。
水を出してくれているのは蛇さんですね。
酒樽(かな?)の上に擬宝珠と一緒に乗っています。
左に見切れているのは、朝の掃除をしてくださってる係の方のお尻。
手水舎がある位置がちょうど交差点のように四叉路になっていて、左に行くと参集殿。
右へ行くと大神神社拝殿の右側に抜けられます。
ここで私は見逃さなかった!
小さな小屋を!
近寄って確認…
おお〜!!
「参拝記念樹」ですと!!
大神神社の境内の樹木の子供の木!
神職の方が種子から大事に育ててくれたんですね。
ありがたすぎる〜っ!
サカキとセンリョウ。
大神神社に生えてた木の子供をいただけるなんてとても貴重だし、植物好きにとってこれは尚更嬉しい♪
「是非帰りにいただいていこう!」
とこの時はほくそ笑んでいたんですが……
あまりに摂社・末社を巡るのが大変すぎて意識朦朧としてすっかり忘れて帰りました(笑)
今からでも取りに戻りたいぐらい気持ち(笑)
斜め後ろには社務所別館の客殿があります。
で、正面には大神神社の拝殿へ続く階段!
着いた♪
その階段の左に「史跡 大神神社境内」という石標。
更に左に境内の看板。
…いっぱい書いてある…
どこからどう巡ろうか…
上の写真に写ってる方はお風呂上がりに牛乳を飲む時のようなポーズを取っていますが、知り合いではありません(笑)
さ、いよいよ拝殿へ!
階段を上がると…茅の輪くぐりがあるー!
地元だと毎年6月1日〜6月30日までなんですが、地域によっては違う期間だったりするんですね。
大神神社の場合は、夏至から15日間だそうで、今年は6月21日〜7月6日でした。
訪れたのは7月5日だったので、ギリッギリうまいこと期間中に参拝できた!
ちゃんと8の字を描いてくぐり抜け…
白い屋根は日除けかな?
手を合わせてご報告。
「初日はすったもんだありましたが、今日こうして念願の大神神社へ参拝にあがることができました。お天気にも恵まれ有り難く感じています…云々」
御朱印をいただいて、いよいよ三輪山に登拝をば!
と、授与所へ寄り、御朱印を書いていただきながら神職さんと世間話をしていたら…なんと!その会話の中で三輪山は現在閉鎖中と!。゚(゚´Д`゚)゚。
「新型コロナウイルスのアレで…登拝される方の人数が以前と同じような具合なら問題ないんですが、今は多い時で1日に2000人ほど登拝されるので、もし何かあったら…と言うことで…(困り顔)」
まぁそうだよなぁ、と色々思いを巡らす。
「元々は登拝される方は全然いなかったんです。本当に信仰の篤い方が1日あたり10人とかそんなもんで。それぐらいの人数なら登拝も可能なんですが、ところが”パワースポット”とかって騒がれるようになってしまって、それから急激に増えてしまって…」
と。
神職さんの心の内の全てはわかりませんが、私個人としてはそういう”騒がれ方”には以前から疑問を持っているほうです…
ここからは全くの私の考えですが、
見えないものが見えるとか、神社や”神”と言われる存在に対する思いとかは人それぞれだし、もちろん誰がどう捉えてもよいものですが、一部では”スピリチュアル”という言葉を用いたビジネスがとても多く、詐欺まがいのものまであるので、そういったところに疑問を常々抱いています。
以前の記事(占い師をしていた経験から思うことシリーズ)でも書きましたが、実は過去に、占い師業界に片足突っ込んでたこともあるので、その辺の事情はアレコレと多少なりとも知ってる方ではあります…
そういう自分の考えもあって、このブログでは”スピリチュアル”は切り離し、神社のあるがままの姿をお伝えしたい、という思いがあります。
それに関しても過去に記事にしているので、「何この人、なんで神社好きなのにアンチスピみたいなこと言うの?」と思われたら下記を参照にしてくだされば、多少は私の考えをご理解いただける…と…良いな…(笑)
神社って日本の歴史を語る際には絶対に外せないもので、古事記や日本書紀を含む”日本史”が編纂されるようになった時代から、常に時の歩みと共にあるのが初代・神武天皇から為る天皇の血筋(皇統)であり、神社の存在です。
つまり、日本の歴史の軸にあるのはこの二つなんです。
更には縄文時代の自然信仰も現代に受け継がれていますし、それは同時に神道(日本人の自然観と先祖崇拝の念が中核)の礎でもあるわけです。
神社や神社の神様におけるスピを語る人は、ここまで把握しているでしょうか?
女性には瀬織津姫神が人気ですが、なんとなくの名前のイメージで憧れを持ってる方が多いようにも思えます。
例えば、ギリシャ神話でいうパツキン美女アフロディーテa.k.a.ヴィーナスみたいに(笑)
それは、いわゆるスピリチュアリストを名乗る方々には瀬織津姫神推しの方が多く、その影響だと感じます。
八百万の神と言われるように、日本には数えきれないし覚えきれない程の神の名が古事記や日本書紀に載っていますが、絶対に正勝吾勝勝速日天忍穂耳命とか伊斯許理度売命とかの名前は言わないですよね(笑)
単純に知らないし、記紀を読んだこともないのかもしれない…
とか、考えれば考えるほどウ〜ンとなるし、神社や”神様”の名を用いるならせめて記紀ぐらいは読み、日本の歴史や神社の創始ぐらいは把握してもいいんじゃないか…と感じてしまうんです。
神社やお祀りされてる神様、スピリチュアルを誰がどのように受け止めようが人それぞれ。もちろん、それはそうです。
ただ、昨今の”スピリチュアルブーム”では、そういったものを”ビジネス”として人を騙すようなことをしてるのも目にするので、ちょっと色々考えてしまうなぁ…と。
あくまでもこれは私の考えだし、ビジネスであっても相手が納得してるならそれでいいのかも…と思うこともあるけど…
これ以上言うとスピ好きさんに怒られそうなのでこの辺にしておこう…(笑)
とは言え、そういった”スピリチュアル”ブームが神社や日本の歴史に触れるキッカケを与えていることも確かなので、願わくば、そこからもっと興味が膨らみ、日本の文化を大切に思ってくれる人が増えればいいなぁ、とは思っています。
御朱印なんかもそういうキッカケになっていると思うし。
私自身、偉そうにどの立ち位置でモノを言ってるのか自分でもよくわかりませんが(笑)
巳の神杉。
中を覗いてみましたが、白い巳さんはお出かけ中なのか不在でした。
神職さんとの会話では、多くのことを教えていただきました。
前回の記事に書いたように大神神社は三輪山そのものを御神体として古来から信仰されてきました。
日米開戦で日本が敗戦し、一時GHQの統治下におかれた時に、全国の多くの神社では境内を奪われ、規模を縮小されたんだそうです。
「各地の主要な神社は、境内が現在の倍以上だったところが多いんですよ」と神職さん。
RYO「え〜!じゃあ例えば大阪の住吉大社とかももっと広かったんですか!?今でもあんなに広いのに更に!?」
神職さん「そーです、そーです!住吉大社さんの御祭神は海の神様なのに、住吉大社さんの場所は海からちょっと離れてますよね?」
RYO「あ〜!確かに!なんで海から離れてるのに海の神様なのかなぁと思ったことがあります」
神職さん「そうなんです、戦前はもっと海に近い場所まで境内があったんですよ」
この事実は知らなかったので私の中ではスクープでした!
あの神社もあの神社もあそこの神社も、昔はもっともっと広かったんだぁ…ヤベェな!と1人で内心盛り上がりました(笑)
そしてこの大神神社も例外ではなく、GHQ統治の際に一度は三輪山を奪われてしまったんだそう…
ですが、そこは最古と呼ばれる大神神社。当時の方々は黙っていませんでした。
先祖から受け継いできた大切な大切な三輪山、心の拠り所でもある木の神様(大物主神を「木の神様」とおっしゃっていました)を奪われたままなんて辛すぎる…「もう生きていかれへん」…と言ったかどうかはわかりませんが、多くの方々が胸を痛め、なんとか取り戻せないかと試行錯誤し、政府にも働きかけ、やっとの思いで取り戻したのだそうです…
神職さんから、どうやって取り戻したのか詳細に至るまで様々聞いて、感情移入してしまい胸が詰まる思いに。
ここに、荒らされることなく古代と同じ姿の三輪山を御神体とした大神神社が在るのは、約75年前になんとか三輪山を取り戻そうと奮闘した方々のおかげ。
そんな背景があったとは…
そして自分が今こうして参拝できてるのは、その方々がいたからこそなんだな…と、日本の長い長い歴史を証明する大切なものを必死に守ってくださった方々に、自然に感謝の気持ちが湧いてきました。
大神神社の神職さんは本当にたくさんのことを聞かせてくださいました。
当時、熱海の土砂災害があった後で、そのことについても「あれは酷い話ですね…」と2人して嘆きました。
山をハゲにしてメガソーラーなんて、私的にはどこがエコ?と思います…
実は神職さんから色んな話を引き出すのは私の得意技で(笑)
行った先々の神職さんとはだいたいこうして会話をして、神職さんもだんだんノってきてくれて色々教えてくれるというパターンになります(笑)
単純に神様に使える神職さんが皆さん清くて親切なんだと思いますが(笑)
RYO「色々お聞かせてくださってありがとうございました。登拝はまた次回の楽しみにさせていただいて、今回は摂社と末社をまわって帰ります」
神職さん「せっかく来てくださったのに申し訳ありません。また是非。…どちらからいらしてるんですか?」
RYO「北海道からです、えへへ」
神職さん「えー!そんな遠くから!」
奈良では、「どこから?」と聞かれた時に「北海道から来ました」というと必ず皆さんに「えー!」と驚かれました(笑)
最後に会話した奈良県民さん(タクシー運転手)にも「えー!珍しい!」と言われました(笑)
「北海道って言うとなぜか皆さん驚かれます」って言うと、「こんな奈良の奥地まで来る人あまりいないですからねぇ〜。特に北海道からなんて。だいたい皆さん大阪とか京都止まりでしょう?奈良は人気ありませんから。ははは(´∀`)」と。
そういうことか(笑)
タクシー運転手さんはそういうけど、奈良はとても良いところでしたよ。
1度目は高校の修学旅行、そして今回で2度目ですが、大人になってからこうして色々見てみると新たな発見もたくさんあるし、何より日本の歴史というか”軌跡”がたくさん詰まっていることにとても魅力を感じます。
高校生の自分は、はっきり言って勉強なんてまともにしたことがないし、「過去は振り返らない」とか言って歴史なんて見向きもしなかったですからね(笑)
ある程度の知識を持って奈良を訪れると、なんて素晴らしいところなのだろうと、もっと早くに再訪していればよかったなぁと、そんなことばかり感じました。
そして、人がとても温かい(*´꒳`*)
以前まで、地元以外に住むなら京都の晴明町しか勝たんと思ってましたが、奈良もいいなって思うようになりました。
神職さんとの”ダベり”(と私の中で神職さんとのセッションをそう呼んでいます笑)を終え、授与所を離れ「さて、どこから回ろうか…」とフワフワと考えながら歩き出したところで、「お姉さん!」と背後から先程の神職さんに呼び止められたので戻ると、「日向神社(右の赤丸)へはまだ行ってないんですよね?」と。
RYO「日向神社、ですか?今来たばかりで、まだどこも…」
神職さん「あ、であれば是非この日向神社へ行ってみてください。」
神職さん「実はこの神社は”知る人ぞ知る”で、三輪山の山頂にお祀りされてる神様にそのまま来てもらっている(勧請されている)神社なんです。登拝は叶いませんがここに同じ神様がいらっしゃるので、ぜひ。何か感じるものがあるかもしれませんよ♪」
めちゃくちゃ親切じゃないですか!?(*゚∀゚*)
そんなの言われないと絶対にわからなかった!
RYO「行きます、行きます!教えてくださってありがとうございます!じゃあお山の右をぐるっと回って左に抜ける感じで巡りましょうかね」
神職さん「左の方まで行くなら、桧原神社(左の赤丸)は”元伊勢”とも言われてまして、こちらも行かれるといいですよ。第10代・崇神天皇の皇女の豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)が、伊勢神宮が創建される前、一番最初に天照大御神をお祀りした神社です」
RYO「そうなんですか!それはぜひ行かねばですね!最後までご親切にありがとうございます♪では行ってきます」
神職さん「行ってらっしゃいませ(^-^)」
ダベり効果発揮(笑)
神職さんと会話をさせてもらって、少しだけ距離を縮めておくとこんなサービスも受けられちゃう良い例(笑)
あ、でも冗談抜きで、御朱印をいただいた際にお礼だけじゃなく、ちょっとした疑問や些細なことでもいいから神職の方と会話をすることをお勧めします。(忙しそうじゃなければ)
だいたいの方は親切に応えてくれ、よりその神社について知ることができるし、”ここだけの話”を聞けることもあります(*´ω`*)
また、そんな会話も思い出のひとつになります♪
そうして、授与所を後にした私は拝殿の右の鳥居をすり抜け、まずは日向神社をポイントに摂社・末社の旅へ。
(ダベりで盛り上がっちゃって授与所の写真撮るの忘れたー!それどころか授与所のアイテムすら見るの忘れたー!)
この時はまだ体力気力共に余裕で元気いっぱい。
これが苦行の入り口とは知らずに…(笑)
其の参へ続く。
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