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京都は古くから歴史の舞台となってきました。
当ブログは基本的に神社メインのブログですが、京都の史跡にも軽〜く寄ってきたのでせっかくですから備忘録として残しておきたいと思います。
3箇所の史跡に立ち寄りましたが、1つ目は皆さんご存知、本能寺!
…といっても現在の本能寺ではなくて、私が訪れたのは”本能寺跡”です。
いや、なんだったら再建された本能寺があったことを今知りました。(勉強不足)
知ってたらそっちも行ったのに〜(笑)
ていうのも、下鴨神社へ行った帰りにGoogleマップを見てましたら、「本能寺跡」というのが出てきまして「あの本能寺!?通り道じゃん!」という思い付きだったからです。
現在は本能寺は同じ中京区内に復元され、そこに宝物館もあって信長公が愛用していた茶器などもあるそうなので、次回京都へ訪れた際に寄る所存…
下鴨神社から電車で祇園四条駅で乗り換え、烏丸駅で下車し、駅を出たらまー凄い人!!
何事!?と思ったら祇園祭の”前祭(さきまつり)”の真っ只中でした!
祇園祭は八坂神社のお祭りで、7月中は毎日お祭りです!
なんか提灯がたくさんぶら下がった山車のようなのが至る所にあって、その横を車が普通に走ってる…
あの葉っぱのついた長ーい棒のようなのはなんだろ…と考えてる間に人混みに巻き込まれて身動きが取れなくなりました(笑)
そして全く進まない!
1mmぐらいずつしか進まない!(大袈裟)
よく見るとあの山車のような中に人が出入りしてる…
これらの山車のようなのは「山鉾」というものらしいです。
形が数種類あって、それぞれに名前が付けられています。
夜になるとこの提灯全てに明かりが灯ってお祭りは最高潮を迎えます!
…その様子をお伝えたかったのですが、敵は本能寺にあり!!
ここで道草をしていたら真っ暗になってしまうので、人を掻き分けて先を急ぎました。
出店もたくさん出ていて誘惑が酷かったです。
Googleマップが示す「本能寺跡」に到着したもよう。
さてお寺の形跡は…っと…
…?
えっと……
ここ!?
恐らくこの建物の一画が本能寺の敷地だったのかと…
にしても普通…
あまりにも普通…
普通におじさん歩いてるし何もかも普通すぎる…
本能寺を感じられるのはこれだけ…
以上、本能寺跡からのレポートを終わります。
…いや待て!
物事は色んな角度から見なくてはいけない!
ぐるりと一周すれば何かもっと本能寺跡っぽいのがあるはず!
と建物の正面へ来てみました。
建物名が堂々と大きく書いてある!
バーン!!
「本能」!!
建物の名前「本能」!!(笑)
間違いなくここにあったよね!本能寺!
わかりやすい!
死ぬほどわかりやすい!
正面の右側に石碑がありました。
よく読んでみると、元々の漢字は「本応寺」だったんですね。
しかも焼失したのは織田信長の本能寺の変の時だけでなく、その前にも一度火災に遭っていたんですね。
本能寺の変の46年前、1536年(天文5年)の天文法乱(てんぶんほうらん)によって焼失。
天文法乱とは、お坊さん同士の争い、つまり宗教一揆だそうです。
後に豊臣秀吉により本能寺は現在の寺町御池に再建されましたが、これは織田信長に捧げるためだったそうです。
で、わかりやすい建物「本能」ですが、現在は一体何の建物になってるんだろう?とよく見てみたら…
(写真は撮ったのですが消してしまったっぽいので引用させていただきました。
引用 https://yukiko5583.wordpress.com/2016/09/02/ )
自治会館…
介護支援、デイサービス、老人ホーム…
高校…
…高校!?ここに高校!?体育館とかなさそうだし建物じたい大きくないけどここでどんな風に高校!?
とても気になったけどヒトんちの建物なので勝手に入って怒られたくないから我慢しました。
パッと横に目をやると何かの入り口が。
こちらもよく見てみたら…
(写真は撮ったのですが消してしまったっぽいので引用させていただきました。
引用 https://zatsugaku-company.com/kyoto-otoko-hitoritabi/ )
本能消防団!!(笑)
いや、そうだよね、ここで火事起きたもんね、すぐ消せるように近くに消防団がいた方がいいよね、いや、近くっていうか建物の中!インナーから!インナーからの鉄壁の守り!逆に火に用心されるわ!
これはネタなのか、それとも深い意味はないのか、一体どっちなんだろう?それによってはツッコミを入れるかどうか変わってくるからちゃんと分かりやすいようにして欲しいな…などと思い少しモヤモヤした気分でその場を後にしました。
あ、でも、ちゃんと想いは馳せましたよ。
景観も文化も変わってしまった今ですが、間違いなくここで歴史が変わる大事件が起こったこと。
それは紛れもない事実であり、その経過の上に私達が在り、これからもそうやって歴史を紡いでいく最中に今こうしているんだな、と。
織田信長が人気の武将である理由はもちろん強かったからというのがひとつ、そして様々なエピソードも歴史ファン、戦国ファンの心を捕えますよね。
特に、この本能寺の変の際に、信長の遺体が見つからず明智光秀はとても悔しい思いをするのですが、織田信長が主役になりがちなこの出来事、明智光秀から見る歴史も知りたいです。
帰りはもう夕方に近い時間にもなってたので、前祭の出店で幾つか食べ物を買ってブラブラ物色しながら歩き食い。(行儀悪いけどお祭りだから…)
広い範囲に出店が数えきれない程あってお祭り好きな私としてはちょっと楽しかったです。
祇園祭は毎年7月1日〜31日まで。
京都三大祭りの1つです。
できれば丸まんま1ヶ月間滞在して毎日その雰囲気を味わいたい。
各山鉾でそれそれ異なる授与品があったり御朱印もあるそうです。
何かひとついただいてくればよかったなぁ…
参考までに祇園祭のリンク貼っておきます。
素戔嗚尊に始まる祇園祭が現在でも脈々と受け継がれているのが何とも言えない気持ちになります。
ハロウィーンとかイースターとかよりも、こういった日本古来の文化やお祭りをもっと大切にして欲しいなといつも思います。
本能寺のネタが薄かったので祇園祭のネタを少々織り交ぜてお送りしました!
次回は徳川家康が築城した元離宮二条城です。
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