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なんだか久しぶりの神社ネタです。
愛媛県からしまなみ海道→広島県→岡山県→瀬戸大橋を経由して、今夜は香川県は高松に泊まります。
私の計算通り、日没前に数時間はあるので、そのまま讃岐國一宮・田村神社へ。
『田村神社(たむらじんじゃ)』
所在地 香川県高松市一宮町286ー1
御祭神 倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)
五十狭芹彦命(いさせりひこのみこと)=吉備津彦命(きびつひこのみこと)
猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)
天隠山命(あめのかぐやまのみこと)=高倉下命(たかくらじのみこと)
天五田根命(あめのいたねのみこと)=天村雲命(あめのむらくものみこと)
例祭日 5月8日・10月8日
鳥居 明神鳥居
社殿様式 春日造
【由緒】
当社の起源は極めて古く、この地に稲作が伝わり、水田が開かれた後、豊作を祈って、其の水源である深淵を崇めたことに始まる。
現在も奥殿の下にある定水井(さだみずのい)という井戸に、いかだを浮かべ、それで祭りを行なっていたという。
そこに、社殿が創建されたのが和銅二年(七〇九年)。
往古より、「田村大社(たむらたいしゃ)」「定水大明神(さだみずだいみょうじん)」または「一宮大明神(いちのみやだいみょうじん)」とも称され、人々より篤く崇敬を集めてきた。
貞観元年(八六一年)官社となり名神大社に列せられ、讃岐國の一宮に定められて後は神階を授けられ、建仁元年(一二〇一年)、正一位の極位に叙せられた。
室町時代には社域を拡築、代々の領主からも崇敬も篤く、江戸時代には松平家の祈願所として知られていた。
奥殿の深淵には龍が棲み、覗いたものは絶命するとされ、いまだ開かれたことがない。
殿内は盛夏といえども凄冷の気が満ち、古くからの神秘を色濃く残す。
いのちを守る水への思いを、脈々と伝えてきた田村神社である。(田村神社略記より)
倭迹迹日百襲姫命といえば、奈良の箸墓古墳の主。
第7代孝霊天皇の第1皇女に当たる人物となっていて、その弟される吉備津彦命も一緒に祀られています。
猿田彦大神は道案内の神様で主祭神とあまり関係なくても祀られていることが多いけど、高倉下命は尾張連の遠祖だから四国にあまり関係ないと思うし、その子とされる天村雲命がセットで祀られているのがちょっとわからず……
まあとりあえず現場へ。

高松市中心部から田村神社まで車で約20分程度。
なのですが、正面の鳥居がどこなのか、少し彷徨(うろつ)きました。
こんだけパッと正面の鳥居を探せないってことは、規模が相当大きそうだな(予感)……


一対目の狛犬さん。
どっしり系コマちゃんですね。

二対目の狛犬さん。


こちらは武闘系コマちゃんな感じ。

いやこれ参道もなかなか長いですぞ。

全く社殿が出現する気配がない……


三対目の狛犬さんはだいぶ年季が入っていそうですね。
口の形が富士山みたいで特徴的。
富士山系コマちゃんとでも名付けましょうか。

この先もまだ参道……境内どんだけ広いんだ!?
参道だけで今回の記事が終わりそう(笑)

やっとなんか建物らしきものが見えてきました。

手水舎で手と口を濯いで、と。

まだ参道の途中。
右手に現れたのが古札所。

こちらにも狛犬さん。
ここまで見てきた狛犬さんとはまた作り手が違いますね。


古札所では、歳徳神(としとくじん)がお祀りされています。
いわゆる歳神様(としがみさま)ですね。

「力石」なんてのもあって。

昔の人の娯楽の一つに、力自慢の男性陣による、どれだけ重たい石を持てるか、という「力くらべ」がありました。
やっぱり”誰よりも重たい石を持てる強い男がモテる”ってことで、当時の人はこぞって力くらべをしたのでしょう。
現代でいう総合格闘技とかそういう類でしょうね。

まだ参道を歩いてますが、古札所に並んで土俵。

そしてその斜め後ろに「子育て布袋尊」が祀られています。

布袋さんつったら商売繁盛じゃ?と思ったら、子宝とか夫婦円満のご利益もありました。

社務所の前には、布袋さんの相方の大国さん。
ていうか、本殿に辿り着くまでに結構サブイベントあるんですが。

と、思った頃にやっと田村神社の本殿!

ん?ちょっと待てよ……
あっちにも境内が広がっている?……

もう一基、大きな鳥居が!

そしてここで私はとんでもないものを見て興奮していた。

そのとんでもないものは次の記事でご紹介するとして、さらに右にも小さめの鳥居が二基。
赤いのは稲荷神社か??

まあ良い、あとでじっくり見にこよう……
あ、ミニ布袋さん。

田村神社に戻って、まずは参拝を済ませましょう。

来た道を振り返ると、ずいぶん長い参道だったことがわかります。
キューブリック並みの一点透視図法で撮るとこんな感じで、入り口がよく見えないぐらいの距離の長さ。

色んなものに気を取られすぎて、全然進まないうちに陽も傾いてきました。
少し急がないと。

拝殿の手前には「右近の橘」と「左近の桜」が植えられています。


この二種類の木は他の神社でも同一の配置で植えられていることが多いのですが、平安時代のしきたりが由来になってるようです。
京都御所の正殿では左右に護衛がいて、天皇から見て左の陣には梅(途中で日本を代表する桜に変わる)が、右の陣には橘の木があったことから「右近の橘」と「左近の桜」と呼ばれるようになりました。
故に、天皇に由来する神社でもそれに倣い桜と橘がそれぞれ植えられるようになり、左は日本人の愛する桜、右には冬でも葉を落とさない橘の姿から「不老長寿」や「繁栄」をもたらす木として大切にされてきたということです。

照明の上にミニうさぎ……可愛んだけど何故?

はい、やっと拝殿です!
屋根は檜皮葺かな?
現在は特にこの檜の皮を剝ぐ職人さんが減少していて、後継者を強く求めている、と以前石上神宮の宮司さんにお伺いしました。
宮大工さん自体も後継者不足で、日本の素晴らしい技術を後世に伝えることがだんだん難しくなっていることを憂いますね……

拝殿前にも手水があるのですが、よーく見たら石で掘られたカエルがたくさんいますね!

さらによーーく見たら真ん中に亀いた!

矢の形を模したお神籤、「矢みくじ」。
神籤掛けに結ぶんじゃなくて、俵みたいなのに刺してるのが面白い。

参拝後に授与所の方で御朱印をいただきます。

で、田村神社はこれで終わりではありません!
この向こうに物々しい雰囲気のモノがあるのを、私はすでに目にしていたのです!!
あの謎の大鳥居の方です!

その正体は、次回に引っ張りまーす!
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