北海道

80. 井頭龍神(いのがみりゅうじん) 〜北海道札幌市〜

札幌駅から西に3丁ほど西に行ったあたりに「偕楽園緑地」という緑に囲まれたところがあります。
その敷地内にこじんまりとしたお社があります。

一見それが何なのかわかりにくいのですが、実は龍神様をお祀りする神社なのでした。

『井頭龍神(いのがみりゅうじん)』

所在地  北海道札幌市北区北7条西7丁目
御祭神  本陣狸大明神(ほんじんたぬきだいみょうじん)
社格   なし
例祭日  8月第1土曜日
鳥居   なし
社殿様式 ?

ちょっと草が覆い茂って看板の文字が隠れていますが、ここは札幌市中心部を流れる大きな川「豊平川」の伏流水が湧き出てでいた湧水池の跡地です。

1971年(明治4年)に拓かれたこの場所は、元は「偕楽園」という公園で、意図して無から造成した都市公園としては札幌最古および日本最古の都市公園です。
日本には更に古い由来を持つ公園が多くありますが、それらは旧来の名勝名跡を「公園」と改めたものであって、最初から「ここに”公園”を作ろうぜー!」という感じで作ったのはここが最初であり最古である、ということです。

謂わば公園のパイオニア!
これはちょっと意外な発見でした。

当時の札幌は北6条が北端で、そこより北は”郊外”でした。
偕楽園ちょうど境目あたりになりますが、当時のこの場所は原生林に覆われていて、豊富な水を湧き出させる湧水池「ヌプ・サム・メム」(アイヌ語で「野の傍の泉池」の意味)でした。
近くを流れるサクシュコトニ川では鮭の遡上も見られるほど、自然豊かな地域だったようです。
当時はね…

そんな偕楽園の跡地は、現在は「偕楽園緑地」として整備され、憩いの場となっていました。

偕楽園緑地は周りの土地に比べて少し窪んだような地形になっていて、かつてここが湧水池であったことを伺わせます。
この写真を写している位置は偕楽園緑地の南側。
この階段を下ると右手に小さなお社が。

何かの小屋かな?とも思ってしまうようなサイズ感と造りです。
本当に神社?と少し疑いながら接近。

なんか石柱がある!

井頭龍神」って書いてあります。
「いのがしら」と読むのかなと思ったら「いのかみ」が正解だそうです。
しかもちゃんと誰かが参拝してお世話をしてる形跡もありました!
こういうのを見るとホッとします。
誰にも見向きもされていない神社も山ほどあって、そういう場所はやっぱりとても寂しい気持ちになるので…

あ、そうそう。
こういう石碑に赤文字が使われていることに「ちょっと不気味…」と感じる方はいませんか?
実は赤い色には魔除の意味があります。
こういった赤い文字、赤い鳥居、狛狐の赤い前掛けなども同じ理由。
なので不気味に思わなくて大丈夫です!(というフォロー)

で、この石柱を観察してましたら何やら右側から視線を感じて…

パッとその方向を見たら至近距離に人がいました(笑)

お社の右の建物は1Fがカフェになってるようで、そのテラスで女性が1人、お茶をしていました。(やだ気まずい)

お社の右に、さもお社の一部かのように木の柵があるのがわかると思うのですが、ここは井頭龍神とは一切関係がないカフェのテラスの柵になっています(笑)

女性が入り込まない角度で撮ってみました(笑)

ちょっと気になるところがあるんですが、お社の屋根が右側の方が短くなってるんですよね。
カフェの屋根にぶつかってしまうからでしょうか…

でも、お社の方が古くからあるはず…と思いましたが、現在のお社は2001年(平成13年)に建て替えられたものだそうです。
それ以前はまだ造りがこじんまりとしていたのかな?
中にあるものを守るために、造り替えの時に”外側”を大きくしたのだと思います。

というのも、実はこの神社は、お社 in お社という不思議な造りになっているんです。
パッと見はわかりにくいんですが、お社の上部のガラス窓の中に、何やら彫刻が施されたものがあるのが見えます。(見えづらいな!)

なんか金色っぽいものがあるのが確認できます…よね?できますね!?
この井頭龍神には以下のようなエピソードがありました。

この神社の起源を遡ると、1881年(明治14年)の明治天皇の北海道行幸に辿り着きます。
明治天皇が札幌に立ち寄った際、この湧水池「ヌプ・サム・メム」で御手を洗われたことから、このメムが「御膳水」として呼ばれるようになり、それがいつしか近隣住民の間で水神(龍神)信仰として広まったそうです。
龍神さん”は特に水商売をする女性たちに浸透し、1950年(昭和25年)頃には小さなお社が作られ、例祭も執り行われていました…(約70年前の話ですね!)

つまり、湧水から龍神信仰に至ったわけですね〜。
日本に昔からある自然信仰がこの時代もしっかり受け継がれていた証拠です。
更に明治天皇が触れたことにより、有り難みが増したのでしょうね。

そして!その小さなお社ですが、その3年後の1953年(昭和28年)に建て替えられます。
その頃はまだ戦後の物資が不足している時代。
材料をどうするか…と悩んでいたところ、町内会の誰かが札幌祭り(北海道神宮例大祭)で使った御神輿の屋根を使うのはどうか、と提案しました。

「それは名案!!」

と言ったかどうかはわかりませんが、その案が即採用されることに。
元が御神輿の屋根であるだけに、形も色も造りも素晴らしく、何なら龍の彫刻も施してあるし、これほどに良いものはありませんでした。(多分)

そうやって造られたお社は今もそのままの状態で、この建て替えられたお社の中に納められているのです。(それが写真の小窓から見える部分です)

(お社の中にお社…マトリョーシカ…)

その歴史の一部でもある大切な御神輿の屋根を守るために、更に一回り大きなお社で囲っているわけですね。

札幌市北区役所の方に許可をいただいて、貴重な古い写真をお借りすることができました。

昭和48(1973)年撮影

(札幌市北区のホームページからお借りしています)

当時はすでに屋根が設けられています。
その中に流線型の唐破風屋根が確認できると思いますが、これが御神輿の屋根ですね。

奥の方に袈裟を着たお坊さんの姿が見て取れますが、当時はまだ神仏習合が色濃く残っていたんだと思います。

ただ残念なことに新たなお社を建立以降、都市開発の影響によって、鮭の遡上もあったサクシュコトニ川を初めその一帯の水脈が涸れてしまい、そのまま回復することはありませんでした。
それでも龍神信仰は今日までささやかに受け継がれ続けています。

そんな井頭龍神ですが、現在はこの場所から比較的近いところにある札幌諏訪神社の宮司さんにお願いして例祭を行っているようです。

ふと気になったこの屋根を支える柱の下に添えられた石。

免震用の何か?と思ったけど、この小さな石では心許ないし…とか触ったり押したりして色々調べていましたが、隣のカフェのテラスにいた女性がいるのを忘れていました(笑)

単に柱の寸法を合わせただけかな。

視線を感じたので考察をやめてその場から離れ(笑)、お社の後ろへ回ってみました。

コンクリートとお社の間に一枚板が引いてあるように見えます。
この厚みとさっきの石の厚みが大体同じ厚みだなぁ…

あれ?もしかして、コンクリートのサイズってお社と同じサイズだけど後ろにずらしてる??

にしても、屋根を支える柱が寸足らずになっている理由が分からない…迷宮入り。

せっかくなので偕楽園緑地をブラッとひと巡りしてみました。(井頭龍神の左側)

ベンチもあって、晴れた日は読書するにも良さそうな場所。

周囲は住宅街となっていますが、ここだけ穏やかな空間。

上の写真、右手の白っぽい石がある場所が気になります。
もしかして、最後まで水が湧き出ていた部分なのかな?(違うかも)

湧水があった感がパンパない。
更に奥の方には石川啄木の歌碑が。

ん???
啄木さんって札幌に来ていたの??

調べてみましたら1907年(明治40年)、約1年間、函館・札幌・小樽・釧路を生活のために放浪していたらしく、同年9月14日(一昨日か!)に札幌駅に降り立ち、秋の札幌をこの歌に残したそうです。

アカシアの街樾(ナミキ)にポプラに
秋の風
吹くがかなしと日記に残れり

この歌は、初秋のちょっと物悲しい気持ちを歌っていますが、札幌の秋はポプラ並木が本当に綺麗で、特に北海道大学のポプラ並木は格別です。
秋はポプラが黄金に輝く季節。

偕楽園緑地の隣の敷地に何やら意味ありげな雰囲気を醸し出しているところが…

木で囲まれたようなこういうところはだいたい歴史的な何かとかなんだよな〜なんて近づいてみると…

札幌市有形文化財 清華亭」とありました。

明治天皇が札幌に行幸された際に、休憩で立ち寄った場所だそうです。
本来は無料で内部を見学できるんですが、この日はワケあって中に入れてもらえませんでした…しょぼん(._.)

こんなところにこんな建物があったのか〜!とワクワクしたのですが、仕方あるまい。
次回またリベンジ。(いずれ「史跡巡り」で紹介できたらと思います)

札幌市北区役所では選定された区内の文化遺産88カ所を「北区歴史と文化の八十八選」として保存、活用しているそうです。
清華亭は札幌市北区のホームページ内、文学と学問の道の6番目に記載されていました。

歴史に興味のある方はこちらを参考に、北区エリアの歴史散策をされてもおもしろいと思います。

「明治天皇札幌御小休所」の碑の奥にある、趣のある建物が清華亭です。

清華亭

北海道神宮でもお祀りされているように、北海道の開拓を語るに於いて、明治天皇は切っても切り離せない関係にあります。

そんな明治天皇がお立ち寄りになった場所が、今でもこうして大切に保存されていました。

井頭龍神という地域の人たちの信仰から成った小さな神社から、こんなに歴史が紐解けるとは思ってもみませんでした。
こういうことがあるから神社巡りは面白い。

様々な神社を巡ること。
それは、自分が生まれた日本とその地域の歴史を触れることにも繋がります。
そして、故郷である日本とその文化への”好き”がもっと深まることに繋がります。

海外にもたくさん興味深いことはあるけど、日本にも興味深いことがまだまだたくさんありますよね!
ネガティブな話ではなくて、自分の最期の時までにあとどれぐらい日本や世界や宇宙のことを知ることができるかな…と考えたりします。

年齢を重ねるということは、興味が増えることなんだなぁ…
と、日々実感しているところです(^-^)



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